一章

工藤 叶

〜少年少女 信じきれぬ心〜

其の伍

 

 

 退屈な授業。今の今まで寝ていたのでこの授業は眠気がしなかった。欠伸を一つ、窓に向けて出す。窓から見える空はどこまでも青い。こっちが鬱になるほどだった。

どうでもいいがこの英語の授業。なんとかならないもんかね。何を言ってるのかさっぱりだ。なんだよ不定詞って。

一番後ろの席なので、暇な時にできることはたくさんあった。

今日は……人間観察。これで決まりだ。

誰から見ていこうか……まあ前から順でいいか。

って、いきなり工藤かよ。まじめにノート取ってんのな。感心するぜ。

まさかあいつが女だったとはなぁ……世の中なにがあるかわからんぜ。いやホントに。

もしかしたらこの教室にもまだとんでもない秘密を隠している奴がいるかもしれない。

例えば、誰かが実は魔法使いで、どらえモンみたいになんでも出せるとか、実は宇宙人が紛れてたりとか、漫画家がいるとか。もしかして幽霊もいたりしてな。

まあ果てしなくどうでもいい。出来ればそういった面倒な連中とは関わりたく無いな。そういうのは工藤で最後にして欲しいもんだぜ。

 

 

 

 ようやく退屈な三時間目が終了。それを見計らったように、金髪のへんな奴が教室に入ってきた。

春原「やあ。いい天気だねっ」

春原だ。

むかつくほど爽やかな顔。思わず殴りたくなる衝動を抑え、返事をした。

真夜「おまえ、すげぇいい顔だな」

春原「まあね。今まで寝てたし」

真夜「遅刻なんかしてたら、先公に目付けられるぞ」

春原「ははっ。おまえにだけは言われたくないねっ!」

鞄を自分の机に乱暴に置き、訊ねてきた。

春原「次の授業ってなに?」

真夜「見てわかれよ」

春原「あん?」

まわりは服を脱ぎだした男子ばかり。女子が一人残らず消えていた。いや、正確には一人女子がいたが……。

春原「体育か。かったるいよねぇ」

真夜「そうだな」

ちらりと横目で、工藤を見た。部屋の隅に一人突っ立っているその姿が、哀れに見えた。

 

 

 

 体育はマラソンだった。五十分かけて島の中を走って帰ってくるという内容。コースに従って走れば十分間に合うようになっている。

それの最後尾。俺と春原が歩いていた。やる気なんかあるわけ無い。教師の目が無いのだったら、無理して走る必要もないし、努力なんかするほうがバカだ。

歩いていては時間内に帰れないだろうが、別に俺は気にしない。言い訳なんか適当に言えばいいのだ。春原もなぜか俺と一緒になって歩いていたが、いちいち訊くのもアホみたいだから黙っていた。そんな俺に春原がジュース片手に話しかけてくる。

春原「マラソンなんか流行らないよねぇ。どうせならサッカーにしてくんないかな」

真夜「サッカー部だからそう言えるんだ。俺にはどっちもつまらん」

春原「なんだよっ。なら何がいいのさっ?」

真夜「そうだな……ビリヤードなんかどうだ?」

春原「それ、体育なんですかねぇっ?」

真夜「体力使うのはいやなんだよ。煙草吸ってっから体力無いし」

体育なんかサボってもいいのだが、どうせなら出て出席日数を稼ぎたい。ならば出てから楽したほうが得というものだ。

さっきから前にも後ろにも体操着を着た人間はいない。それは俺たちがどれだけゆっくりしているかを表している。つまり歩いている生徒など俺たち以外にはいないということだった。だからどうしたというわけでもないが。

真夜「そろそろ帰るか。今戻ればちょうどいいんじゃないか」

春原「そうかもね。それじゃ帰りましょうかっ」

春原がくるりと体の向きを変え、今まで歩いてきた道を引き返そうと足を出した。

俺もそれに続こうとしたが、振り向き様の視界に人影が写った。体操着を着た、小さな体だった。どうみても……あいつしかいない。

春原とは逆に進む俺。それに気付いた春原が声を上げた。

春原「って、来ないのかよっ!」

真夜「悪いな。先に行ってろ」

春原「なんなんだよ、便所か?」

真夜「関係無いだろ。ほれ、先に帰って先公に怒られてこい」

春原「僕、何かしましたかっ!?」

真夜「ああ。俺が割った窓ガラスの傍に、『夜の校舎窓ガラス壊して回ってますby春原陽平』って紙を残しておいた」

春原「はあぁっ!! なんでだよっ!?」

真夜「いや、ダイングメッセージを残して置くのは礼儀かと」

春原「なんてことしてくれたんだよぉっっ!!」

真夜「ほら。はやく帰ってわけを話さないとおまえが犯人だぞ?」

春原「ちくしょおおぉぉぉーーーーーっっ!!」

走りながら奇声を上げるとは流石春原だ。はたから見たら変人である。

もちろん俺は窓ガラスなど割っていない。春原を追っ払うための口実だった。

そして俺は、体操着姿で立ち止まっているそいつに近づき話しかける。

真夜「よぉ。なにやってんだ?」

工藤「…………」

工藤は無言。その顔はかなり酷い色をしていた。

無理な運動での酸素不足。それにこの顔はもしかしたらどこか痛むのかもしれない。痛みを必死で隠している顔。そんな表情だった。工藤はいつもどおりにクールな声を出し

工藤「別になんでもない。放っといてくれないか?」

真夜「そうか。まあ言いたいことだけ言ったら俺も帰るさ」

そう言ってから工藤の体を足先から顔まで眺めて

真夜「胸無ぇなぁおまえ」

工藤「……ケンカ売ってるの?」

真夜「いや別に」

工藤「……言いたいことって、それだけ?」

真夜「ああ悪ぃな。ただ俺はおまえがバカだなって言いにきた」

工藤「…………」

俺の言いたいことがわかったのか、険しい顔になる。

構わず続ける。

真夜「わかんねぇなぁ。そこまでしておまえが女装する理由ってのが」

肩をすくめる。それが気に食わなかったのか、キッと工藤は睨み付けてきた。

工藤「……あなたになんか、わからないわ」

真夜「ああそうだな。おまえが何にも言わなきゃ、分かるわけないんだ」

さらに詰め寄り、工藤の額に接触寸前まで指先を突きつける。

真夜「言わないなら言わないでいいけどな、それなら自分でなんとかしろや。この前も言ったように甘えるな。こんな場所で疲れ果ててる姿なんて、誰が見てもいい気しないんだからな。はっきり言って目障りだぜ」

工藤「……大きなお世話だ」

男口調で吐き捨てると立ち上がり、そのまま正規のマラソンコースを歩いていく。

その一歩目を見ていて、つい言葉が出た。

真夜「肩でも貸してやろうか?」

それを皮肉と取ったのか、それとも別の理由でもあるのか。俺を振り向き睨むと

工藤「馬鹿にしないで」

そうして工藤は歩いていく。まあ今からでも間に合うだろうけど、逆走したほうが早い。だから俺はそうした。工藤とは正反対に。

なんとなく、笑えた。

 

 

 

 夜は春原の寮部屋へいく。家にいるなんてゴメンだ。春原の部屋もできれば遠慮したいが、他に行くところがないというのが現実だった。

春原「おまえ、よく僕の部屋に来られるよね」

真夜「あん?」

春原「言っとくけど、僕怒ってるんですけど」

真夜「なんで」

春原「おまえねっ。僕はおまえの嘘のせいで先公に土下座しちまったんだぞ。そしたらあいつ笑いやがるし、まったくいい恥さらしだよっ」

真夜「ふうん」

ぺらっ。雑誌のページをめくり、視線を春原から外す。

春原「……帰ってください」

さすがにこの態度にムッときたのか、春原が渋い顔で言ってくる。

真夜「悪かったよ。謝るからさ、ここにいさせてくれよ」

春原「……なんでだよ」

真夜「なんていうのかな……おまえの隣にいると、落ち着くっていうか、居心地が良いっていうのか? …そんな感じなんだよ」

春原「マジかよ……ま、そう言われちゃ無碍に扱えないけどさ」

真夜「あ、お茶まだ」

春原「出てってください」

真夜「そう言うなよ。おまえの淹れるお茶、うまいから」

春原「一度も淹れたことねぇよっ!」

ぺらっ。

真夜「……え? なんだよ、早くお茶淹れてくれよ」

春原「すでに聞き流しモードっすか!」

こうして、馬鹿をやりながら夜は更けていく。

結局、春原の部屋を出たのは夜中の三時を回ってからだった。

 

 

 

 夢の中。どうしてこんな夢を見るのか、どうして夢とはこうも理不尽なのか。考えるが答えは得ない。

見たこともない街風景。それなりに発展した街路地。都心とはよべないが田舎というのも躊躇われる。

そんな場所の交差点。そこが夢の始まりだった。

真夜「どこだよここは……ったく、知らない場所なんか夢に出すんじゃねぇ」

毒づくがそれも無意味。夢を自在に操れる者などいないだろう。

とりあえず目が覚めるまでは退屈だ。…いや、覚めても退屈な現実しか待ってないのだが。

歩くか…。と決め、最初の一歩を踏み出そうとしたその時

??「驚いた。まさか僕達の他にもここに来れる人間がいたなんて」

後ろからの声。振り返りその主を睨むように見返す。

そこには同い年ほどの少年がいた。妙なネクタイの結び方をした、不思議な雰囲気の少年。

??「……妙だね。君は僕とは違う目をしている。まだ、幻想の世界にはじかれる運命ではないのかな」

妙なのはおまえだ。なんで見たこともないやつが俺の夢にでているのか、文句の一つの言いたいところだ。

??「ああごめんごめん。まだ名前を名乗ってなかった」

そういうことではない。

しかし目の前の妙な奴は笑顔を浮かべ

??「僕の名前は氷上シュン。よろしくね」

名を氷上といった少年を、なぜか俺は言葉を返せなかった。

 

 

 

 

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