愛妾

光闇 オリジナル

 

視界は胡乱としている。どうやら湖のほとりにいるようだ。静かで穢れを知らない湖面。俺とはあらゆる意味で正反対だと自嘲する。

湖面に映る景色。桜色だった。一つ一つが不明瞭で、ただ、その淡い緋色を水面に湛えている。

湖面に映る桜の木は、背も低くまだ若かった。

俺は許されざる罪を犯した。

この罪を償い、自分の所業を悔い改められたら、再びここに来よう。荘厳で神聖な雰囲気漂うこの場所に、俺は還ってこよう。この身を滅ぼそうとも。
純一、大都市に住んでいた。初音島と決別し、この大都市に移り住んだ。変化を期待していた。何も変わらなかった。ただ、一つ違った。同居している人物が違った。音夢では無くなっていた。  

「朝倉君、何が食べたい?」  

和装の似合う美少女だった。かつて純一が恋した美少女は艶やかな雰囲気を帯びた美女になっていた。  

「何でも良い。とりあえず今からのことを考えると精のつくものかな」

和服の美女―――叶は、純一の言葉に顔を赤らめた。幾度と無く共に過ごした夜。未だに叶の恥じらいは残っている。  

「もう、恥ずかしいこと言わないでよ」

純一、この街が好きだった。昼夜を問わずに活気に溢れて、行き過ぎた悪乗りもこの街の魅力だと思っていた。淀んだ空気も自分に相応しいと思っていた。が、叶は―――違った。こんな淀んだ場所に居ては行けない人間だった。

純一は自分を呪って生きていた。

 

 

 

紅潮した頬、虚ろに潤んだ瞳、甘く熱い息遣い、どれもが純一を奮い立たせるには十分だった。叶と重なるのはこの上ない快楽、幸福だった。叶も幸せだと言ってくれる。だが、純一は涙を流さずに泣いていた。心の中では―――叶を汚す事しか出来ない自分を恥じて、泣いていた。  

「朝倉君、どうしたの?最近ずっと元気ないみたい」  

今にも涙が零れ落ちそうなくらいに潤った瞳。叶は純一を案じてくれている。純一にはそれが苦しかった。汚すだけの自分を好いてくれる叶に自分は何も出来ない。純一、腹立たしかった。無性に―――人を殴りたくなる。誰かの所為にしたかった。出来なかった。純一、自業自得という言葉を、誰よりも実直に理解していた。  

「叶、俺ちょっと出てくる」  

叶―――不安げな表情になる。何時もだった。不安にさせるなんてことはしょっちゅうだった。それでも純一は、生き続けていた。叶を愛し続けていた。

 

 

生涯の伴侶として一生を共に歩んでいってくれることを誓いますか?

もちろんだ。好きだよ、叶。

俺は罪を犯した。俺には生涯の伴侶なんかになる資格が無かった―――生まれて初めて他人を思って涙した。嘘をついてしまった。愛する人を騙してしまった。

俺はことりと関係を持っていた。叶との約束、生涯の伴侶。俺はことりの体温を覚えていた。ことりの甘美な声を覚えていた。忘れがたかった甘さ。断ち切った。叶だけを見つめて生きてきた。断ち切れてなんか無かった。捨てた振りをしていたに過ぎなかった。叶だけを見つめて生きてきた振りをしていたに過ぎなかった。

「俺は叶を愛せているのか?」

純一は思考の迷宮から意識を逸らすと、バーテンに何か頼もうと口を開いた。

「あの男にムーランルージュのダブルショットを。ベースはリキュール。俺のおごりで」

純一の目の前にグラスが置かれた。そいつはにやりと口をひん曲げると、純一の隣に座った。

「久しぶりだな朝倉。三年ぶりか」

「そうだな。高校まで一緒に通っていて。卒業と同時に俺は初音島から出ていったからな。それより、どうして俺がリキュールベースのムーランルージュが大好きだって知っているんだ?」

「非公式新聞部の情報力を舐めてもらっては困る。お前の好物など事前に調査済みだ」

非公式新聞部、この男―――杉並が中学・高校時代所属していた部活動。ずいぶん昔のこと。純一、笑った。久しぶりに。心の底から。

「ふはははっ。そうだったな。杉並の情報網は何よりも正確で、何よりも早いんだったな」

純一がそう言うと、杉並は意を得たように頷いたのだった。純一、杉並の顔を見るとほっとした。どこかで安堵していた。杉並と一緒にいると何も怖くない。あの時も、それが嬉しくてずっと付き合ってきた。無二の親友同士、と端から呼ばれた。悪の双璧、と端から呼ばれた。ブラックブラックリストの最要注意人物の二人、と端から呼ばれた。

杉並と純一はその晩呑み明かした。然程呑むわけでもなく、世間話に花を咲かせた。東の空が明るみを帯びてきた頃、二人は別れた。純一、心底嬉しかった。杉並、また会おうと言ってくれた。  

「遅い!心配したんだから」

帰ってくるなり叶は純一に怒号を浴びせた。拗ねた顔つき。膨らんだ頬。純一、叶を抱きすくめた。また汚してしまうという恐怖と共に。

「朝倉君?んっ……」

純一、唇を叶のそれに重ねた。驚きに見開かれた叶の瞳はすぐに、何かを感じ求めるように閉じられた。

抗いがたい情動。抑えつけた。考えないように努めた。忘れた振りをすることはできた。完全に捨て去ることは不可能だった。呪わしかった。純一は全てを―――この世の不条理を嘆いて、呪っている。

「叶、愛してるよ」

叶、顔を赤らめる。そしてもう既に聞きなれてしまった言葉を呟く。

「うん……私も、朝倉君が好き」

純一、歯噛みした。好いてなど欲しくない。純一は叶を愛しているから、漆黒の闇のような存在の自分を愛して欲しくない。いっそ、大嫌いと叫んで他の男と関係を結んでくれたらどんなにか楽だったろう。それでも純一は愛していたから。叶が大切だから。他の男と関係を結べばブチ殺してやるくらいの気概はあった。矛盾していた。その矛盾こそが自分の存在なのだと自嘲していた。純一、何処までも闇に落ちていく決意があった。叶はそれを揺るがしてくる。純一を、光へと誘う。堪らなく甘い誘惑。純一、跳ね除けていた。全ては叶の為に。                                                      

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何をするでもなく過ぎていく時間。純一は世界が自分を追い出そうとしていると思った。時間が自分を締め出そうとしていると思った。

預けた背中をしっかり支えてくれる白塗りの壁。思考するには最高の静寂。純一は自分のベッドから降りた。

何も見えない。物理的にも。抽象的な意味でも。純一は何一つ見えていなかった。理解できてなかった。呪わしかった。聖銘。自分は呪われるべき存在だ。今も持ち続けてる劣等感と罪悪感。拭い去れるものでは到底なかった。これからも消えずに残るだろう劣情。

窓から漏れ出す闇黒。純一を染めていた。純一の周りにはどんな色も存在していなかった。ただ、夜が作り出してくれるちんけな黒色が純一に一番近いものがあった。だから、黒に侵蝕された。

旅に出ようと思った。唐突で、しかし強固な思いつき。財布の中、十万は入っている。純一の通帳には何かと必要になるからと貯めておいた金が、五百万ほど。十分だった。その一割でも良いと思った。

何処か遠くへ、誰もいない場所へ―――無理だった。不可能だった。人間がいない場所など、この世にあるはずもなかった。

けれど、どこかへ行きたかった―――逃げたかった。自由と束縛を与えるこの世から消え去りたかった。願わくば、旅先で安らかに死にたかった―――パラノイアだった。現実味を伴わない妄想。純一の持つ虚無と空虚に酷似していた。

隣に寝ている叶の顔を見た。熟睡の顔。人間の一番美しいのは寝顔だと思っていた。何を隠すでもなく表情をそのまま浮き彫りにする。

純一が欲しがったもの、嘘のない世界。純一が忌み嫌ったもの、欺瞞と虚栄。全ては純一が忌んでいるもので構成されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


叶―――俺はお前に心配かけずにはいられないようだ。しばらく旅に出る。自分を探しに。いつか、お前が貸してくれた小説――ゲーテのファウストだったか――に、似てるな。今まで俺は叶に対して沢山の罪を犯してきた。少しでも償いたい。答えが欲しいんだ。   また、迷惑かけに戻ってきたい。

                                 朝倉 純一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純一は玄関を出た。高級マンション。見ていて反吐が出た。久しぶりにこの世の中の淀みに悪態をついた。自分の心の淀みを棚に上げて。

純一は叶に心からの謝罪の念を胸に―――ニ度と戻ってこないであろうこの家に、この街に、この世界に別れの言葉を口にした。

「呪われるのは俺だけで十分だよな……」

口にしたのは――――――あまりに真摯な別れの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隣にはさくらがいた。何かあると必ず救ってくれる―――奈落の底へと突き落としてくれる。己の無力さを噛み締めさせてくれる。

「おにいちゃん、やっぱりボクのところに来たんだね」

さくら、にっこりと顔を綻ばせる。あどけない顔つき。純一が知るさくらそのままだった。純一はさくらの家にいた。さくらの家―――イギリス。日本とは全く正反対の場所だった。足の下には叶がいる。くだらない考え。それでも純一の脳裏に深く残った。

「助けてくれよ、さくら。俺は呪われるべき人間なんだ―――死ぬべき人間なんだ。それなのに、こうしてさくらに泣きつきに来ちまった。俺の罪はどうしたら償えるんだ。俺はどうしたら楽になれるんだ」

さくらの表情は憂いを帯びていた。さくらの瞳は悲しみに満ちていた。さくらの唇は何かに必死に耐えていた。純一、ここに来たことを深く後悔した。さくらを苦しませ、悲しませたのは自分以外に有り得ない。また、誰かを悲しませるぐらいなら純一はこの世から消え去りたかった。また、誰かに嘘をつくぐらいなら死んでしまいたかった。

「いや・・・・・・すまないさくら。これは俺の問題なんだな。さくらに持ちかける方がどうかしている」

さくらは口をつぐんだ。何かを言おうとしているが、言葉に出ない。

「さくら、もう一日だけここに居させてくれ。そうしたら出て行くから。迷惑かけてすまなかった」

さくらは無言で首を振るのみだった。目には熱い想いが溜まっていた。行かないでくれと目で訴えていた。無視した。真に受ければ痛い目に遭うことは、経験則からわかっていた。だから敢えて無視した。

「そうだな。俺はここ―――イギリスのことは何も知らない。明日、観光案内でもしてくれないか?」

微笑んで見せた。お前は何も心配しなくていい―――そういう意味を込めた微笑だった。さくら、意図を察した。微笑み返した。

「うん、おにいちゃんがまだ知らないところに沢山連れて行ってあげるよ。イギリスっていいトコだよ」

さくら、そしたら早く寝なくちゃと言って寝室に入っていった。純一の感覚としては今は真昼間なのだが、外は漆黒に染まっている。時差の関係を思い出した。

「確か十五度で一時間だったっけか」

くだらない思案。打ち消すことはなかった。ただ、無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純一とさくら、大英博物館にいた。聞いたこともない芸術家達の、わけが分からない作品。見ていて吐き気がした。日本の芸術を褒める気もなかったが、外国の芸術も良いとは思えなかった。どこに作者達の魂を感じるのかが理解出来なかった。

「すごいよねー。みんな熱心に、創作意欲に溢れた顔して休まず作ったんだろうね」

「そうか?分からないじゃないか、熱心だったかなんて。別に好きで芸術やってた奴ばかりじゃないんじゃないか?それでしか生計立てられなかった奴なんて腐るほどいたはずだ。だから、もともとない頭を絞って、分別顔したお偉いさんたちに偽りの情熱を見せてたんじゃないのか?そんな奴も少なからずいたはず、いや、いてもおかしくないだろ?」

純一、心の底からの本心だった。それが余計にさくらの炎を燃えさせた。

「けど、おにいちゃんが言うような人が独りもいない可能性だってあるじゃないか。というか、僕もほんの少し小説書いたりしたこともあるけど、本当に気が乗らないと全然書けないんだよ?芸術って意欲がないと無理なんじゃないかな」

純一はこれ以上さくらと議論する気はなかった。だから、さくらに話を合わせた。

「だから、かもしれないだから。所詮は。俺だってさくらの意見が一般論だと思うし、正しいとも思う。小説が意欲がないと書けないってのは多少分かるしな」

言うと、さくらはほら、そう思うでしょ、と満足げに先を歩いていった。純一もさくらに話を合わせた以上、鑑賞を疎かには出来ないと思い、空っぽの、空虚な作品たちに眼を向け続けた。                                                                  

 

 

 

 

 

 

 

 

湖水地方にいた。さくらは置いてきた。

湖水地方というだけあって、広い湖、狭い湖、たくさんあった。白鳥などが泳いでいる湖は流石に水質が綺麗なようだ。

「すげえな……」

空には、灰色とも言えず、黒とも言えない、不思議な色をした雲が広く鎮座していた。極上の風景と言うには少しもの足りない風景。しかし、ありふれている美しい風景と言うには神秘的過ぎるこの風景。純一には、これは極上の風景だった。

静かにその身を横たえる湖。決して明るくない視界。自分がいるのか分からなくなるほどの広大さ。ただ、流れることも無く、湖はその場に留まって、生きている。

俺は、俺は生きているのか?

俺は流れていても生きているのか?

留まることを良しとせず、流れてきたのは正しかったのか?

純一の空虚な問い。湖水地方の全ての風景、湖に――――――飲み込まれ、溶け込んだ。

叶の顔が脳裏に浮かぶ。目を瞑れば、ありありと、まさにその場にいるかのように鮮明に姿が浮かぶ。

その顔は、悲壮と、軽い嫉妬に染まり、純一を焦がした。

「叶……俺は、もうお前に会えないかもな」

純一、ケータイを見た。着信30件。全て叶から。今さらな気分でメールを見た。150件。全て叶から。頭痛がした。内容は律儀にも全て変えてあり、想いの強さが見て取れる。

『叶、俺は今イギリスにいる。元気でやっているよ。さくらの家に居候させてもらっている。心配掛けて済まなかった。だけど、俺の意思なんだ。だから、叶。もう連絡は取らない。このメールを送ったら湖に投げ込む。今さらだけど、愛してたよ、叶』

純一、送信ボタンを押した。これで何もかも心配しなくていい。叶を俺の虚無と空虚の暗黒へと導いてしまわずに済む。心の底からの安堵。同時に感じた、喪失感と後悔―――無視した。無視しなければやっていけなかった。

ケータイはここを去るときにでも捨てようと考えていた。考えが甘かったことを思い知らされた。突然の着信、相手は見なくても分かっている―――叶だ。無碍に切ってしまうのは躊躇われた。ケータイを耳に当てる。

「もしもし」

瞬間、怒号が飛んできた。

「もしもしじゃない!!アンタ、何叶ちゃん泣かせてんのよ!?」

眞子だった。他にも聞き覚えのある奴らの声だけがする。

「朝倉君?そんなにヒドイ人だったんですか?失望しましたよ」

「ことり……叶のケータイ使って何してんだ」

「そんなことより、朝倉君、今何処にいるんですか?」

「メールを送っといた。それを見ろ」

「今通話してるのに、見れるわけが無いじゃないですかっ」

「仕方ない……叶に換わってくれ」

なにやら、ことりと叶の会話が聞こえたあとに叶が震え、掠れた声で出た。

「朝倉君?今、何処にいるの……?」

「叶…イギリスだ。俺は今、イギリスにいる」

純一、さくらと同居していることは伏せておいた。今の叶の精神状態は極めてキレた位置にある。ここで、ショックを与えればどうなるかわかったものではない。   「イギリス……?」   突如、何かが倒れたような音がした。純一は呼びかけた。

「叶?おい、叶?」

「もうっ、叶ちゃんショックで倒れちゃったよ。イギリスなんて遠すぎっ」

「俺は叶の為に、そして、俺の為に流れることを選んだ。そのことに後悔は微塵も感じない」

純一、終話ボタンを押した。ケータイを閉じ、ポケットに突っ込んだ。湖に投げ込まなかったのは、純一に甘えがあったからだった。心のどこかで、叶の声を待ち望んでいた自分が腹立たしく、呪わしかった。が、抗いがたい衝動―――叶に会いたい。と、再び着信、相手の分かる着信。なぜか笑えた。通話ボタンを押した。

「朝倉君……帰ってきてはくれないの?」

叶の甘い声。純一の決意を激しく揺さぶる。だが、揺らぐわけにはいかない。叶を自分の下卑た闇へ引きずり込むことは、純一にとって何よりも重い罪だった。禁忌だった。それを考えるたびに死ぬのが最良と言う想いが脳髄を支配する。だが、出来なかった。純一の下卑た闇は死ぬことを頑なに拒んだ。だから、純一は死ねなかった。

「すまない・・・俺は、叶みたいに光溢れた人種じゃない。俺は漆黒の闇に堕ちて堕ちぬく人種なんだ。俺とお前じゃ、根本的に合わないんだ。だから、俺のことなんか早くに忘れて、もっといい男を探してくれ。俺よりいい男はこの世界中に十億人はいると思う」

「朝倉君、朝倉君の一方的な想いを押し付けないで。朝倉君が私のことを思ってそう言ってくれるのは凄く分かるの。けど、私の想いを無視しないで。私は朝倉君が―――あなたが好きなの。好きな人と別れたいなんて誰が思うの?私は、私は朝倉君が好きなの」

言葉の最後の方は、涙声で掠れ、消え入りそうだった。しかし、純一にははっきりと聞こえていた。叶の想いの丈は純一の想像以上に大きい。そのことは純一にとって、嬉しくもあり、悲しくもあった。しかし、抗わなければ叶は堕ちる。純一と同じ世界に堕ちてしまう。純一にとってそのことだけが支えだった。本音と建前をすりかえられるたった一つの理由だった。

「俺は、叶のことだけを思って、こう言うんじゃない。俺自身疲れちまったんだよ。俺は日本なんて淀んだ、小せぇ国なんかに捉えられていたくないんだ。戦争で負け、アメリカの力だけで持ち上がり、成り上がった他力本願なくだらない国にはもう飽きた。死にたいとは思わない。ただ、日本の中に限り生きていたくないんだ」

叶の息を呑む声が聞こえた。直後、未だかつて聞いたことの無い怒号がちっぽけな通信端末を壊さんばかりに響いた。

「生きたくないなんて、二度と言わないで!朝倉君のそんな度を過ぎた堕落の言葉なんて聞きたくない!なんで正直に言ってくれないの?
もう愛してないからってどうして一言言ってくれないの?」

純一、否定した。違う、愛していないんじゃない。愛してるけど、愛する術を知らないんだ。心中を満たした言葉、声にならなかった。ただ、保身の言葉だけが純一の脳髄をも欺いた。

「そう……だな。俺が言えなかったのは、お前を本当に愛していたからなんだ。だけど、叶のためでもあるのは嘘じゃない。俺はお前とは違うんだ。俺は紛れも無く、これ以上なく黒いんだ、暗黒なんだよ。それに比べて叶、お前はいつでも白かった。清廉潔白という形容が相応しくて、いつでも眩しかった。最初からつりあわないんだ、俺とお前は。愛するだけでつりあうと言うのなら、俺はこの身が滅んでも愛することをやめないだろう――――

「ふざけたこと言わないでっ!つりあうとかつりあわないとかは関係ないの。私があなたを愛する、あなたが私を愛してくれる、他になにが要るの?他人の評価?誰が見ても分かる愛の形?私はこの事実があれば他には何も要らない。朝倉君は、何が欲しいの?」

泣き声が聞こえた。何も喋れないほどに嗚咽し、声までもが濡れていた。

「叶……それでも俺は、ここでけじめをつけるまではお前の元へは戻れない。今の俺の顔を見たら叶はきっと、要らぬ心配をしてしまうからな」

純一の頬には、とうとうと流れる涙の川が一筋、二筋。一人だけ肩肘張って生きてきた、しかし、叶という救いは容赦なく純一を救った。

抗うことはしなかった。何より、不快じゃなかった。何よりも心地よい救い。そして救いの主の声がまた聞こえてきた。

「朝倉君。待ってて、私も行くから。イギリスのどのあたり?」

「……ポーツマスって知ってるか?そこまできたら、芳乃さくらという奴の家を訪ねてくれ」

「ちょっと待ってよ、そんなの分かるわけが……」

「わかるんだよ、少なくともポーツマスの人間なら。物凄いでかい家だから。お前も見たら驚くぞ」

「わかった。芳乃さんの家を訪ねれば……朝倉君、この人もしかしてさくらちゃんのこと?」

「お、ご名答。よく分かったな」

「朝倉!!アンタ芳乃さんの家にいるの!?」

眞子の馬鹿でかい声、純一は耳に違和感を覚えながら答えた。

「ああ、そうだよ」

「そうだよじゃない!!叶ちゃんという子がいながらアンタは、芳乃さんの家に行くような奴だったんだ。見損なったよ」

俺がどんな想いで―――怒鳴りつけたい衝動、必死に抑えた。ここで取り乱すのは愚かな奴のすることだった。純一は冷静を保つことで、己の呪わしいはずの闇黒を育んできた。怒気と言う暴虐、冷静と言う知性。純一の中では反対だった。

「だいたいアンタは―――

純一、終話ボタンを押した。ケータイを閉じ、今度こそ湖に放り投げた。弧を描き、水飛沫を上げたそれは深く深く沈むことだろう。純一は隣に立っていた看板―――英語でごみの不法投棄厳禁と書いてある―――を蹴り倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「叶ちゃん、キミの言いたいことは分かる。君がおにいちゃんを愛しているだろうことも。けど、おにいちゃんがここに来た以上は待っててあげるのが大事なんじゃないのかな。それが出来ないで、軽々しくおにいちゃんの恋人を名乗らないで欲しい。おにいちゃんを愛している子はキミの知り合いにもいっぱいいるんだよ」

さくらと叶の再開は最悪なムードだった。お互いが純一をめぐり、罵倒し貶し、自分を正当化し、自分がどれだけ純一を愛しているかを示しあう。醜くも神聖な女の闘いだった。

「だからって、あなたが朝倉君の恋人だなんて認めない。だってそうでしょ?自分はここに―――イギリスにいて、朝倉君となんの接点もないまま暮らしてた。それなのに、朝倉君が本当に下心なくあなたを頼ってきたら、快く迎え入れる。下心たっぷりに!」

叶の口調、棘があった。辛辣な言葉、さくらは動じているのかどうか分からなかった。ただ、純一は自分にとってはかなりダメージがある罵倒だと思った。

「仕方ないじゃないか。ボクだっておにいちゃんを愛しているんだよ。下心があるのは必然じゃない?開き直りと取ってくれても良いけど、ボクは下心があることを恥じたりしない。好きな子に下心を持つことは一つの想いの形だと思ってるから」

さくらは強い。他の女の誰よりもさくらは強い気がした。さくら、叶の言葉に微塵も動じていない。それどころか、まだ反論するつもりでいる。

「それに、叶ちゃんは愛想尽かされちゃったんじゃないの?おにいちゃんが何故ボクを頼ったか考えたことある?」

沈黙、静寂、空気の振動。叶の押し殺した嗚咽、空気を震わし、伝播してくる。純一、胸が痛んだ。先ほどの叶の言葉よりも何十倍も辛辣なさくらの言葉。思わず純一も胸を押さえ、唾を飲み込み、眉根を寄せた。胸の疼きはさらに高まる。純一、自らの保身のために口を開いた。

「さくら、言い過ぎだ。お前は人のことを思いやれない人間じゃないはずだ。叶のことも考えてやれ。俺のせいでこんなことになっているのは重々承知だし、済まないと思ってる。だけど、人の気持ちを蔑ろにしたことを言うなんてお前らしくない」

「誰のせいで、ボクが理性を飛ばしてると思ってるの?ほかならぬおにいちゃんのせいなんだよ?ボクがおにいちゃんに恋焦がれているからこそ、全てを蔑ろに出来るんだ」

さくらの目からもまた、涙が零れ落ちた。純一、憤慨した。数多の人を苦しめるという、咎を犯した自分に。なんて罪作りな男なんだ、俺は。いったい何人の人を泣かせればいいんだ。ここまで苦しませるなら、いっそのこと俺なんて生まれてこなきゃ良かったんだ。

「もういい、もういいよ。さくら、叶、俺は許されない罪を犯した。お前等を苦しませるという、俺にとって最大の禁忌を犯したんだ。俺にはもう、生きていく価値はない……死ぬなんて逃げるみたいだけど、許してくれ、俺はもう、お前等を苦しませることはしたくない。俺が苦しむのは構わない。が、お前等が俺なんかの為に苦しむのは絶対ダメだ」

純一、さくらの家から飛び出した。二人の呼ぶ声が聞こえたが、構わず走り出した。

救われたと思っていた。違った。純一の犯した罪は救いがたいほど大きいものとなっていた。だから、救われるはずがなかった。一瞬でも、安堵と喜びを思ってしまった自分を自戒し、純一は自分を再構成していった。自分は呪われ、死ぬべき存在だと再認識した途端、純一は自分の中に黒い、力が生まれたのを感じた。それは、何よりも黒い、発狂という知性の暴走。意志と洞察の力。

「銃を売ってくれ。出来れば、リボルバータイプの奴を。クーガーでも構わない」

目の前に居る人物、武器商人。国家の戦争にではなく、一般の人民に武器を供給し、金を得る人種。違法行為をしていると言う意識は欠片もない奴ばかり。トチ狂っていた。

「お前は何者だ?言葉を喋れ」

純一、日本語で捲し立てていた。すぐさま気付いて、英語に切り替える。

「すまん、銃を売ってくれと言ったんだ。どんなのがある?」

目の前の人物、廃墟のような建物を指差した。そこで取引をするのだろう。

純一、素直に男に付いていった。

「何が欲しいんだ?」

目の前に並べられた銃、手榴弾。マグナム、リボルバー、クーガー、ルガータイプにトカレフもある。品質は悪くはなさそうだった。純一、金には困っていなかったが、聞いてみた。

「相場はどのくらいなんだ?」

「そうだな、安くて千ドル、高くて五千ドルってとこだ。軍の横流しの最新がこれだ。これは一万五千ってとこだな」

「弾はあるか?」

「もちろんだ。百で十ドル。安いだろ?」

銃はどうかわからなかったが、弾は安そうだ。純一は、それぞれ銃を手にとってみた。重量感のある人殺しの道具は誇らしげに黒光りし、純一の目を魅了した。

結局、銃は一番高いもの二丁を購入し、弾も三百買った。あらかじめ持ってきていたスポーツバッグに購入したものを詰める。

「ヘイ、アンタ誰を殺るんだ?」

純一、この世を、自分を呪って生きている。今までも、そしてこれからも。

「世界一の大馬鹿者を殺す。俺は愚者であり―――狂乱者だ」

クレイジーだぜ―――背中にぶつけられた言葉。気にならなかった。むしろ、心地良くさえあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


近いうち、さくらは自分を手に入れるために本腰を入れるだろう。最悪、叶を殺すかも知れない。だが、純一に焦りは微塵もなかった。

純一、隣に叶をはべらして歩いていた。ついこの前、さくらと行った場所に叶を連れていった。

「朝倉君、大英博物館には行かないの?」

純一、もうあんな空虚で腐った作品の群れを見る気にはなれなかった。

「ああ、湖水地方に行こう。あそこには綺麗な湖が幾つも点在している。美しい景色も沢山見れる」

湖水地方に来た。叶は初めて見る光景に高揚している。純一も久しぶりに心穏やかな気分になった。皮肉だった。別れを告げようとするときに限って叶への強い想いに囚われる。こんな境遇に陥ったのも全て、歪み、淀み、堕落した世の中の所為だと自分を慰める。何が、誰が悪いかは純一が一番よく知っていた。

明日からは、常に銃を持ち歩く。そんな思いが純一にはあった。全ては背後に感じる無数の視線の所為だった。尋常じゃなくなった純一の洞察力。純一を監視していたマフィア連中は、三十メートル後ろに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「叶、ちょっと出てくる」

「うん、わかった」

純一、動いた。純一が外出するのと同時にマフィア連中が叶を襲うだろう。実際マフィア連中が今朝人気のない路地裏に真っ黒な車を止めていたのを純一は見た。フロント以外の全ての窓ガラスがマジックミラーであることから、そういう人種の奴等のものだとすぐに分かった。

純一はタクシーを一台捕まえると、路地裏の出口に張った。漆黒の車はものの五分もせずに出てきた。純一のふっ飛ばした脳、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。全ては覚醒剤による、一時的なものだった。その吹っ飛んだ視覚はマジックミラー越しに手足を縛られ、口を塞がれた叶の姿を鮮明に捉えた。

「あの黒塗りの車を追ってくれ。奴らが停まったら俺は降りるからすぐに逃げてくれ。奴らはマフィアだ」

運転手、引きつった顔つき、だがすぐに車を出した。

「ボス、この娘どうします」

黒服の男、大柄で腕っ節の強そうな奴ばかり。その一人がボスに向かって話しかけたのだった。

「ご苦労さま。ギール、この子は可愛いでしょ?」

ボスと呼ばれた人物―――金髪ツインテールの女が問うた。

「は、少し幼げですが体つきはそそります」

女の唇の端が吊り上った。楽しそうに微笑む表情は幼子同然だった。が、幼子は絶対口にしない言葉を口にした。

「その子、皆にあげるよ。後で殺してしまえばそれで構わないし。好きにして」

五人いたマフィアは皆、歪な笑みを浮かべた。ギールと呼ばれた男が叶に近寄っていった。

叶は必死に何か叫ぼうとするも口に轡を噛まされ言葉にならない。

叶の目から涙が零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


純一、マフィアのアジトに到着した。重たい鉄扉を押して、中に入った。

地獄絵図を思い浮かべた。獣欲のままに叶を汚す、汚い複数の雄共。その傍らで怜悧な笑みを浮かべる金髪ツインテール女。

純一のこめかみに青筋が浮いた。叶の悲痛な叫びには快楽など一切無く、ただ苦痛に泣き喚いていた。ポケットに入っている銃に手を伸ばした。引いた。まだ殺しには早い。

「貴様ら……叶に何してんだ」

ギールが言った。

「おう、お前の女はこの通りだ。遅かったな。良い具合だったぜ」

ギールの言うことは聞いてなかった。ただ、覚醒剤により拡声処理されたノイズが純一の鼓膜を震わすのみだった。瞬間、純一はギールに殴りかかった。

顔面に拳がヒットした。人間の肉の心地良い感触が拳を包んだ。ギールの身体は派手に吹っ飛ぶ。

マフィアの全員が叶を犯すのを止め、服を着直し立ちあがった。全員が純一よりでかい。関係無かった。今この場の怒りだけは静まりようが無かった。

「あ、朝倉…くん…」

叶の頬を撫で、純一は立ちあがった。黒幕となる人物に叫んだ。

「さくら、お前の意図はわからない。が、殺してやるよ」

「おにいちゃんが?ボクを?無理だよ」

ギールは純一に飛びかかった。覚醒剤にLSDを合わせて飲んだためにピークとなった精神異常。死ぬことは怖くなかった。今、純一にはギールの攻撃ビジョンが明確に見えていた。右ストレート。純一の顔面コース。

難なく避け、純一は膝を蹴り上げた。前に傾いだギールの腹に刺さった。鈍い嗚咽。純一は畳み掛けた。そのまま顔面に腹に胸に猛烈な拳乱打を浴びせる。空手をやっていた純一の拳がギールを倒すのに時間は掛からなかった。

「次……」

恫喝の瞳。人を殺すのに躊躇いを持たないマフィア共。居竦ませた。純一、隙を逃さず突っ込む。

全ての黒服を倒し、平伏させた頃さくらは純一に銃を突き付けた。純一、それを予知していたかのごとく平然と受け止めた。

「おにいちゃん……のせいだよ、ボクが人を殺さなきゃいけないのは」

「そうだな。俺はさくらや叶を苦しませた。その苦悩の帰結が俺の死なら、俺は死ぬべきなのかもしれない。けど、お前はついにやっちまった。この世で一番やっちゃいけないことを……。叶を傷つけたお前を俺は永劫許さない。一生残る傷を付けたこいつ等は今、ここで死ぬ」

純一、ポケットから銃を取り出した。倒れた五人の頭にポイントし、夫々一発ずつ弾丸を食い込ませた。あっという間に轟音と共に五人は絶命し、純一は銃をさくらにポイントした。

「これで俺は大量殺人犯だ。まぁ、国境を越えて逃げれば助かるかも知れない。さくら、お前はどの道死ぬけどな。皮肉なもんだよな、世界有数の大富豪の最期はマフィアのアジトの廃屋か。じゃあなさくら。俺を今まで生かし、剰え俺の光に手を出したお前の所為だ……死ね」

「……あ〜あ、ボク死んじゃうんだね。次に逢うときはおにいちゃんともっと仲良くなりたいな。ボクにはおにいちゃんは殺せないよ……もし次に逢えたら皆に謝りに行こうね?」

さくら、純一に付きつけていた銃を静かに下ろした。

純一、トリガーに掛けている指に力を込めていく。もう少し、ほんの少し力を込めればさくらの脳天をぶち抜くことができるという所で、純一の銃は力無く――――――

手から滑り落ちた――――――

 

 

 

 

 


Thank you for reading this black nobel

 

 

 


この黒い小説を読了してくれた全ての人に
この黒い小説に共感してくれた全ての人に
この黒い小説で世界観を変えた全ての人に

 


感謝と駄文の謝罪を………………………

 


2006年11月13日

愛翔

 

after story

 

 

 

 

 

 

 


「叶、俺、皆に合わせる顔が……」

「いいから早く!!さくらちゃんも!」

「叶ちゃんそんなに慌てなくても……」

叶は輪姦のショックをもう微塵も感じさせないほど回復した。純一は二人の女性に癒され、自我に眠る闇を少しずつ光に変えていっている。さくらはイギリスにある豪邸を売り払い、初音島に家を買うらしい。

夫々が夫々の帰結を迎えた。三人の一致した意見で日本に、初音島に帰ることにした。

誰にも知らせていない帰国。空港から日本一の大都市まで行き、買い物をすることにした。

「そうだ、朝倉君ケータイどうしたの?」

「ああ、湖水地方の湖に投げ込んじまった」

「いけないんだぁ。あそこは湖に物を投げ込んじゃいけないんだよ」

叶は純一とさくらをケータイショップに連れていった。

「もう、朝倉君。ケータイ買ってください!困るでしょ」

そうして純一の新ケータイやら小物やら、アクセサリーやら、服やら殆ど叶とさくらの物ばかりを買って都内のホテルにチェックインした。明日、初音島行きのフェリーが出ている。

 

 

 


「朝倉君、帰ってきたね、初音島に」

「そうだな、俺も叶もさくらも久しぶりだな」

「みんなボクのこと覚えてるかな」

三人は並んで歩き出した。日本では正月を迎えている。みんな正月なら帰省しているだろうというさくらの読みだった。気温の低さにも関わらず桜は咲き誇り、白銀の景色よりも美しい緋色の雪化粧を木に施していた。

「多分、学園だよ。そんな気がする」

「さくら、お前の直感、ここにいるみんなが抱いてる」

叶も頷いた。

純一達は数年前の母校、風見学園に向かっていた。

ノスタルジーな気分に浸りながら校門をくぐった。真っ直ぐ三年のフロアに向かった。懐かしさを最高潮にさせたのは聞き覚えのある声しかない会話。純一は今すぐにでも駆け出したい反面、逢うことに気乗りしなかった。どんな顔をすれば良いか真面目に悩んだ。

ガラッという音と共に三年一組の教室のドアが開け放たれた。見知りすぎて目眩のする奴等の驚いた顔。純一は思わず大声で笑った。可笑しかった。懐かしかった。嬉しかった。

「朝倉君!」

「朝倉!」

「朝倉様!」

全員の純一を呼ぶ声は見事にシンクロし、意外に大音量となった。

「ちょっとぉ。皆なんでおにいちゃんだけなの?ボクは?叶ちゃんは?」

「さ、さくらちゃん」

大爆笑と歓迎の声が一斉に上がった。さくらはきょとんとし、叶は恐縮しているようだった。

「お帰り、朝倉君」

ことり、成長していた。どこか魅力的になっていた。純一は素直に口にする。

「ことり、綺麗になったな。半端じゃなく美人になった。今じゃ何処を歩いてもアイドルだろ。俺も惚れちまいそうだ」

驚嘆、そして赤面。純一の放った言葉は周囲をはにかませるには十分だった。杉並がほう、と呟いたのも気付いたが、敢えて無視した。

「あ、朝倉君、なんか凄い大人になってますねぇ。そんな恥ずかしいことさらっと言えるなんて」

ことりの頬も紅潮していた。途端、純一の頬と耳に激痛が走った。

「朝倉君?どうしたの?ことりさんを誉めるのは構わないけど、私がいるのをお忘れなく?」

叶は純一の頬を引っ張っていた。耳はというと―――

「兄さん!どうしてそう、いつまでも女の子にだらしないの!?」

音夢だった。音夢は今来たようだ。寒さからか鼻と頬を紅くしていた。

「朝倉せんぱーい!」

いつもの調子で声を張り上げたのは、一年下の美春だった。美春も音夢と一緒に登場したようだ。

「朝倉せんぱい、逢いたかったですよう」

美春はテンションが高いのかしきりに純一に抱き付いていた。そんなじゃれあいをみて嫉妬という名の黒い炎を燃やす女子多数。

「もう、どうして朝倉はこんなにモテるのよ!?」

「おにいちゃん!ボクと恋人になる約束は!?」

「朝倉君、私たち恋人現在進行形よね…?」

「朝倉様、わたくしは朝倉様の許婚ですよ?」

「兄さんって、誰にでもお優しいんですね!」

「あの、ケンカはいけませんよ〜?」

純一、恐ろしさで一杯だった。少しばかりの抵抗を試みた。

「そんな、仕方ないじゃないか?不可抗力だし、な?」

「「「「「問答無用です!!」」」」」

「はあ〜、帰ってこなきゃ良かった。かったりぃ……」

久しぶりに口をついて出た口癖は今まで肩肘張っていたときには出なかった代物だった。このユルみも平和の暗示と思えば、少しは楽になる。そう思った純一の表情は輝いていた。自我に闇を抱えていたときには決して見れなかった輝きがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


五十三年後、純一は一人で、あの場所に立っていた。ケータイを投げ捨てた湖のほとりに。そのとき刻んだ誓いを果たしに。

「俺は、罪を償えたか?ばあちゃん?」

純一、ほとりにある一本の巨木に語り掛けた。祖母の故郷だっただろうイギリス。一番のお気に入りの場所に純一は、祖母の代わりに桜を植えた。湖水地方でも最も美しいこの湖のほとりに。

「また、こうしてここに来れたんだ。償えたんだよな?俺は皆の笑顔を取り戻せたんだよな?」

聞かなくても分かっていた。純一は自分の周りに居る人達の暖かな笑顔を知っている。何よりの償いの証拠があった。

一陣の――――――風が吹いた。穏やかで、心地良い風が。純一の頬を、叶の髪を掠めて通りすぎていった。

「純一さん。気持ち良いわね」

「ああ、そうだな。気持ち良いな、叶」

 

そしてまたダ・カーポは冒頭へ戻る。終わりの無いD.C.は、全ての終局を穏やかに受け入れ、全てを始まらせる。

 

 

after story true end  

 


Junichi and Kanae were feeling hapiness until they died

thank you for reading true end

 


後記

ブラックノベルになっていたかどうか心配ですが、一応私の中ではこれが黒い世界なんだろうと予測を付けて書いてみました。私のはグレーノベルって感じ??(何
黒くなりきれていない純一。ヒロインは一応叶です。工藤叶という人物は僕のお気に入りの人物の一人で、シナリオもお気に入りです。小説書くのは好きですが、ブラックノベルは初めてでした。
闇黒な気持ちになってネタが思い浮かんだらまた書こうと思っています。今回はしりつぼみな内容でしたが、次回はより優れた闇黒世界を書きます。
こんな駄文を読んでくださってありがとうございました。    

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