気持ちを伝えよう

 今日は二月十四日、つまりバレンタインの日。この日は男性にとって非常に大事な日である。女性にとっても勝負時だったのだと思うが、最近は女性の場合は友達などと交換し合ったりすることが多いようで、男性にあげる数は減ってきている。それはつまりもらえない男性が増えるというわけであり、もらえる者は大した自慢になる場合もあれば、もらえないのだと開き直っている者達にただ流されるだけだったり笑殺されるだけだったりもする。この違いがまた面白くもあり、特別な日という印象が薄れているという意味ではつまらなくも感じる。だが、もらえない者の中には本気でもらえる者を僻む者も幾人かはいる。それはそれで見ている側には痛いものがあるのだが。
 学校の正門で祐一と潤は偶然遭遇し、共に下駄箱に向かう。この時、二人は他の男性から見れば非常に羨ましいことに今日がバレンタインだということを見事に忘れていた。呑気に世間話をしている。
 二人が下駄箱につき、それぞれ自分の靴箱を開ける。
「あれっ」
「相沢、どうしたんだ?」
 祐一が急に声を上げたため、潤が興味本位で祐一の下駄箱を覗き込む。すると、そこには綺麗な紙で丁寧に包装されている箱を見つけた。二人は思わず顔を合わせて、互いに疑問符を浮かべる。
「祐一さんっ」
「祐一」
 ふいに横から祐一を呼ぶ声が聞こえて二人はその方向を見ると、佐祐理と舞が立っていた。佐祐理は相変わらず笑顔を浮かべていたが、いつもより何かを楽しみにしているように思える。舞も無表情のままだが、何かを期待しているようだった。
「驚きましたか? 北川さんの分も準備しておいたのですが」
 佐祐理は言うが、二人は未だに理解出来ていない様子で頭を掻いてみたりうろたえてみたりしている。
「二人とも、覚えてないの」
「何を?」
「右に同じく」
 舞に言われて祐一が真顔で返事を返す。それからすぐに潤も返事を返す。
「あははーっ……」
 そんな二人に佐祐理は笑みを浮かべているものの驚いているのか、乾いた笑いになっている。そんな佐祐理の横で舞が期待外れという様子で言った。
「今日はバレンタイン」
 それを聞いて祐一は急に合点したように左手を皿にして右手でポンッ、とする。その横で潤はすっかり忘れてた、とぼやく。それから二人は思い出したように自分の靴箱の中を確認する。一気に表情に笑みを浮かべて二人が声を順々にして言う。
「もしかしてこれ」
「先輩達が?」
 そうすると佐祐理がようやく期待通りの返事が返ってきた、といった様子で用意されていただろう台詞を二人が言う。
「はいっ、そうなんですよー」
「祐一、驚いた」
 舞が聞いてきた言葉に、祐一は苦笑いしながら答える。
「おう、ある意味二回驚いたけどな」
「あははーっ。それじゃ、私達もう行きますね」
「祐一、また今度」
「おう、じゃあな」
「先輩達ありがとうございましたー」
 佐祐理と舞が去っていってから、北川はぼそっ、と呟く。
「近くにいるなら何で下駄箱に入れてたんだろうな」
「それもそうだな」
 そんなことを話していると、予鈴が鳴り始めて二人は急いで教室へ向かう。二人が教室に入るのとほとんど同時に教師の石橋が階段を上りきったところだったので、ギリギリセーフといったところで済んだ。
 それぞれ自分の席に着くと(と言っても互いに前後の席ではあるが)、部活の朝練習のあったため祐一よりも先に登校していた名雪と香里が微笑を浮かべながら二人を見る。祐一と潤は不思議そうな顔で見返す。それを見ると今度は名雪と香里がはぁ、とため息をついてからバッグから丁寧に包装された箱を名雪は祐一、香里は潤にそれぞれ渡す。
「祐一、お返しよろしくね」
 名雪は愛想良く笑って言う。祐一は思わず苦笑した。
「お返しなんていらないからね。世間では十倍返しとか二十倍返しとか三十倍返しとか言われてるけど〜、いいのよお返しなんて。本当いいからね、い〜のよお返しなんて」
「わかった。言われてないけどわかったからもう言うな。お返し期待してていいからもう言うな」
 名雪と祐一はそれを見て笑っていた。
 少しして落ち着いてから四人は周りを見てみると、案外チョコのやり取りというのは多くの人がしていることに気づく。香里は少しはしゃいでしまった自分に今更気づき、少し恥ずかしがりながらもなんでもないように装って授業に取り組んだ。


 その日の昼休みに美坂チームは学食で全員座れる席を確保出来たため学食で昼食を済ませてから、部室に用のあるという名雪と香里の二人と別れて祐一と潤で教室へ戻っていく途中に下級生の二人と遭遇する。
「祐一さんっ、どうぞ」
「相沢さん、こういう行事ですから。それではこれで」
 栞と美汐は祐一に包装された箱を渡すと、美汐がすぐに去っていこうとする。栞はすぐに美汐を追いかけていく。途中、ミッシーと栞が呼ぶのを美汐が顔を赤らめてやめるように促しているのを見て二人は苦笑してしまう。祐一は美汐と栞からもらった箱の数を確認すると、四つあってそのうち二つは北川さんへ、と書いてあった。
「ほれ、お前の分だぞ」
 祐一がそう言って潤に渡すと、潤はそれを見て宛名が自分なのを見て少し笑みを浮かべながら感嘆する。
「この色男めが」
「どっちがだ。俺のは義理だけどお前のは本命だろう」
「いや、逆かも知れないぞ」
「そんな訳ないだろう」
 下らない会話をしながら歩いていると、久瀬がそわそわしながら歩いているのを見つける。祐一は久瀬の意図を読み取ったようで、話しかけた。
「おい久瀬」
 すると、明らかに驚きながらも平静を装っているつもりで返事を返してくる。
「あ、相沢!? ご、ごほん。ところで何か僕に用事でもあるのか?」
「お前さては佐祐理さんのチョコが欲しくて……」
「ごっほんごほんごほん!!! さ、さぁて私はパトロールを続けなくては。不審者はいないかなあ」
 大声でそう言いながら去っていく久瀬を見て祐一が笑う。潤は二人に向けて突っ込むように、だが聞こえないようにただの馬鹿だと呟いた。


 その日の帰り、北川は学食によってから帰ると言って祐一と別れた。名雪も今日は部活があるらしく、一人で帰ることとなった。たまには商店街によろうと考えて祐一は商店街へと歩みを進める。もちろんあゆへの期待も心に秘めながら。
 祐一が商店街に入って少し歩くと、案の定あゆがいた。
「祐一君っ」
「うおっ、飛び掛ってくるなっ」
 急に抱きついてきたあゆに非難を浴びせながらあゆの体を引き離す。
「チョコあげるよっ。手作りなんだよ」
「じゃあ真っ黒こげだな」
「ひどいよっ、祐一君」
「冗談だ。じゃあ有難くもらっておくぞ」
「うんっ。……あっ、今追われてるんだよっ。またねっ」
 そう言って急に走り出すあゆを追いかけるように祐一を追い越す中年の男性が通り過ぎる。また食い逃げしたのかと思った祐一だが、今回は連れて行かれなかっただけマシなのだろうと諦めて、今日は帰ることに決める。結局あゆのチョコをもらいに来ただけのようなものだと思って苦笑しながら。
 だが、帰ろうとしたその矢先に久瀬を見つける。
「おい久瀬」
「……今は話しかけないでくれ……」
「佐祐理さんにチョコもらえなかったのか?」
「……相沢はもらえたのか?」
「おう、もらえたぞ。ほれ」
「……なんだ、義理か……」
「久瀬、お前はどうなんだ?」
「……もらえたさ……何故相沢と同じ義理チョコしかもらえないんだ……」
「どこまで貪欲な奴なんだ」
 祐一は空を仰いだ。そして、何故かこの場に居た堪れなくなった。

 

 

 

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